台風は来なかったけど気圧も自分の調子も客観的にクソだと可視化された日

初診で診断ツールと問診のみなので確定ではないものの、

重度のうつ症状(診断が降りる基準点+30点でした。笑う)もしくは双極性障害(躁うつ)が疑われるらしいです。

え?そこまで?というのが正直な感想でして、

だって私喋れるしある程度仕事できるしご飯も食べられるけどなあ。

実感がわかないけれど、「元気になりたい」「この状況が続くのはイヤだ」というのは強く強く強く思っているので私なりに、どれくらいの期間かかるかまだわからんけど、治療に取り組んでいきたいと思う。


これはその覚書、っつうか書き出さないとおかしくなりそうだから構成もくそもなく書き散らしているやつです。

先に言っておくけどこれは私が私のために書く記録以外の何物でもないので、読んでいて劇的な展開もなければ病気が治る過程をかくレポものではない。自分が何に症状をもっていて、どう取り組むのがよいかさえ今探しているところだし、結局治らないまま付き合い方を見つけるか、見つけられずに諦めるかもしれない。

そのくせこうしてオープンスペースに書くことには一応意味があり、ひとつには医者や家族と話していても感じたことなのだけど、私から既にいろいろなものを削り取っていった何かは、言語化能力については(自分として認識できるレベルでは)致命傷を負わせていないらしいということ。そのことが私をある程度安心させている。

逆に、言語化能力までまずい感じになったときは、いよいよ治療がうまくいってないということだ。なので、できるだけ定点的に自分の言葉を残しておきたい。


もうひとつは、今日医者にいくまで自分自身の症状がここまで重いと思っていなかったから。はっきり言ってまだ受け入れがたい。受け入れがたいが、もしかすると私と同じ症状を持っている人がこれを読んで、クソほど取りづらい心療内科の予約を取る気になるかもしれない。

(余談だが心療内科が電話予約でしか受け付けないの、症状によっては本当にハードルが上がるからやめてくれと思った。)

これはそういうやつです。


以下、受診というハードルを跳ばせた「あれ自分おかしいかも項目」。

・寝ても寝ても眠れる。来客があろうが仕事だろうが眠い。

・もしくはまっっったく眠れない。

  ※基本的に寝つきはいいし、「眠れる」ことは眠れるので、長らく問題視していなかった

・電話が取れなくなる。また、かけられなくなる。

・仕事において、基本的な判断が著しく遅くなる。なににつけ決められなくなる

・仕事の着手にものすごく精神的コストを割くようになる。とにかく仕事をはじめられなくなる

・本を読みたいと思わなくなる。数ページ以上集中力が続かなくなる

・映画を見たいと思わなくなる。同上。

・最もやばいと思ったのが、離人症。自分から自分がはがれたような、何も自分ごとと思えない。〆切が迫っていようが、人を傷つけたり悲しませたりしていようが、何も自分にとって大切な事、動き出すべきことと思えないというか、文字通り「自分の身に起こっているという実感」がない。これがみるみる強まっていく感覚が短い期間の中であり、それ自体にはまだ恐怖を感じることができたのが受診のふんぎりになった。


書き出すと普通に病気だねえと思うがそもそもこれらは今に始まった話ではない。全体として数年間こんな感じです。それもどうなんだ、という話で、自分にとって常態化しているから、「受診してみたら自分の感覚値より診断が重い」という今日なんだろうなとも思う。


どうしようかなというのはもちろん仕事のことで、はっきり言って休んだほうがいいのだろうが、それだけでそう動ければ苦労しないし多分私はこういう結果になってない。幸いにして、上司にも先輩にも心療内科にかかることは今朝伝えることができたし、とにかく自分の体を一番に考えるように、と建前上はもらっている。

フラットに診断結果を伝えてみよう、が今のところのやや逃げた判断です。私がどうしたいか、を判断できる状態であれば医者にかかっていない。むしろ、上記診断が出ている状態で就労させていいのかはややマネジャーマターであるような気もする。



元気になりたい、と強く思う。

やや、美化しすぎな気もするのだけど、受診しようやっぱ自分おかしいわとなってからこちら、やたら大学生前期のころのことを思い出す。

努力が自分の思う形で報われると信じていたとき。

自分は世の中に対して何かをなし得るのだと傲慢になれていたとき。

神を必要としていなかったとき。

なんでもやりたいことを勢い挑戦してみるのが強みだった頃の私。

戻りたいとはまったく思わない。けど、あえて若さとか言う雑な言い訳を使わなければ、本来そういう一面も私の中にはあったはずなのだ。そういう風に生きたり暮らしたり選んだりできる自分も、自分の中に培われているはずなのだ。

それは本当に、病んだ頭の中の肉から失われてしまったんだろうか。もう一度獲得することはできるだろうか。あるいは別の形でもかまわない、自分のことを自分で健やかだと認知し、それを保てるようになりたい。

私のからだは私のものだから。他の誰のものでもないのだから。

今日から薬をのみます。3種類。そう・うつ・眠り それぞれに処方されている。

次回は10月2日に経過を診てもらいにいきます。

この土日で、仕事についてはある程度判断しなくてはいけない。

今日は、家族に全部話せただけよしとする。

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