グラスホッパー

(時系列不明。
スティーブとピーターの街角立ち話)

  絶対に見間違いだと思ったのだけれど、そこにいたのはキャップだった。キャップ。キャプテン・アメリカ。もちろんそれはヒーローとしてのなまえで、本当の名前はスティーブ・ロジャースというそうだ。
  僕にとってキャップは、ずいぶん前の戦争の英雄であり、学校で罰を食らった時に見せられる教育ビデオの中の人であり、詳しくはわからないけれどトニーと一時期意見を違えていたヒーローであり、つまりちょっと近寄りがたいというか、緊張する存在だった。
  見間違いに違いないと思ったのは、道端で立ちすくんだキャップがーーちなみに、彼は「変装していますよ〜」と言わんばかりにドジャースの帽子を深く被り、うつむいていた。通りすがる周りの人達みんなが「あ、キャプテンだ。でも、変装していますよ〜という格好しているし、話しかけないでおこう」という顔をして歩いていくーーどう考えたって困り顔をして、大きな手の中でスマートフォンをこねこねしていたからだ。ときたま、画面の上を指がうろうろと彷徨っていて、しかしうまくいかないのか、すぐに画面を戻してしまう。
   僕は3秒迷って、4秒目に3秒も迷った自分をぶっ飛ばして、ぴょんとキャップの横に降りた。「親愛なる隣人活動」のスーツのままで。
「ハイ!何してるの?何かお困りごと?」
いつも通りでいこうと思ったのに、ちょっとだけ声が裏返った。恥ずかしい。
キャップはちょっと目を見張って、それからゆっくり帽子のつばをあげた。戦闘用のスーツを着てなくて、盾を構えていないキャップのしぐさは何だかひとつひとつが丁寧で、それは、彼が暮らしていたっていう昔の時代をほんの少し僕に思い浮かべさせた。
「君はーースパイダーマンっていったか」
「そうだよ!」
キャップは目をぱちぱちして(どうでもいいけど、すごく睫毛が長い!)スーツを着たままの僕と、それを慣れっこにしてそんなに注意を払わずスタスタ歩いていく町の人ーーウソかも、道の向かい側のタコスの屋台から、たまには寄っていけよ!って叫ばれたーーを見比べて、なんだか少し嬉しそうな顔をしたような気がした。
「ねえ、お困りごとじゃないの?さっきからスマートフォン突っついてるの見えちゃってさ」
もう一度聞いてみると、キャップは素直に罰のわるそうな顔をした。
「目立ってたかな。いや、ダイレクトメッセージっていうのを貰ったんだけど...」
  見せてもらいながら聞いたら、キャップの公式ツイッターアカウントを作らされたっていうことで、そりゃあとんでもない数のDMがきてた。こんな通知の数、みたことない。
  メールの絵文字にバッジがどんどん増えていくのに困ったキャップは、どれからどうやって返信したらいいのか、道端で困り果てていたってわけ。
「全部返信しなくっていいんじゃないかな。キャップは有名なんだし、きっと悪戯のメッセージも多いよ?」
「そういうものか。いまいち、加減が分からないんだよな...」
キャップはそれはもう困った顔をしていた。それは、多分キャプテン・アメリカの困りごとじゃなく、スティーブの困りごとなんだなって僕は思った。キャップの困りごとなんて、きっと宇宙レベルの話で、トニーじゃない僕には何ができるとも思えないけど、スティーブの困りごとなら、少しは力になれるかもしれない。いや、力になりたいってすごく思ったんだ。
  たくさんのたくさんのメッセージはみんな既読になっていて、返信しようとして数文字打ち込んだ入力欄に、スティーブの誠実さが見えていたから。
「そういう時はさ、みんなに向けて、メッセージありがとう!ってツイートしたらいいんだよ。きっと、みんなキャップのツイート楽しみにしてるから」
  スティーブはうんうんと頷いて、そうするよと笑った。よく見たら、背中には大きめのリュックを背負っていて、膨らみからして盾が入っていた。あれ?何か大事な移動中だったんじゃない?
   案の定、スティーブは、ピロンとメッセンジャーの音を立てたスマートフォンを見て焦った顔になった。
「僕も行かなくては。声をかけてくれてありがとう。気をつけてな」
「うん。キャップもね!」
僕もパトロールに戻ることにして、ウェブを伸ばして飛び上がる。

ビルの隙間で振り向くと、小さくなったキャップは、まだ僕を見上げて見送っていた。眩しそうな目をしながら。
  彼を避けるように、忙しそうなたくさんの人が行き交う。みんな音楽を聞いたり、メッセージしたり、イヤフォンで通話したりしながら。
スティーブひとりを、置き去りにして。

  あとでDMしてみようかな、と僕は思う。スティーブ、アプリの使い方ならいつでも僕に聞いてよって。家に帰って冷静になったら、とてもそんな勇気は出ないかもしれないけど、僕はその時、それはスティーブにとってみたらそんなに悪くないことなんじゃないかって思ったんだ。

   浮かれていつもより高く跳んだ僕は、スティーブが空をバックにそれを撮って、初めてのメディア付きツイートにしたせいで、いろいろ大騒ぎになること、まだ知らない。

20190506

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