戦争のないガストン

帰ってきたら戦争がなかった。

戦争がない場所でガストンは「何でもなかった」。兵士のガストンではなかった。将校のガストンではなかった。戦い鼓舞し誰かを突き刺し撃ち殺すのがガストンだったはずなのに、そういうガストンをほしがる場所は小さな村のどこにもなくなっていた。
  ガストンはこの村を守るために戦いに行ったはずだったが、今となっては、本当にそう思って戦っていたかはわからなくなっていた。覚えていなかった。戦争のある場所では戦争に勝つことだけを、勝って帰ることだけを考えていればよかったのに。冷たい銃把を撫で摩りながら酒に溺れるガストンの近くに、そばに、いたのはル・フウだけだった。彼はしきりに何かを言い続けていたけれど、銃声よりずっと穏やかでふくよかな声は耳触りがよくなかった。何一つ心には残らなかった。

「俺から戦争をとったら何も残らん」

ある日、そういったガストンを前にして、ル・フウはぽちゃぽちゃした顔を歪めて

「君は美しいよ」

と妙にはっきりした声で言った。
ああ俺は美しいのか。

  美しいガストン。それはいい響きだった。美しいガストン。戦争がない場所でも俺は美しい。なにもかも失っても、戦った果てに、なんのために戦ったのかさえ思い出せなくても、それでも俺は美しい。美しいなら、生きてゆける気がした。
  兵士のガストンは美しいガストンになろうと思った。死ぬまで。ついに死ぬことができるその瞬間まで。できればそれは戦いの中であればいいと思う。

  そしてこの、どこまでも愚直に俺を想っているこの、やさしく善良なル・フウは、俺のたったひとりの友だちは、けっして連れて行くまい。ガストンが夢見る、戦争のある場所には、けっして。

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